大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1061号 判決

(イ) 光輝産業は、昭和二九年資本金五〇万円で設立され、各種プラスチック製品、オルゴール、宝石箱、化粧箱等の製造販売を業としてきたが、同社は設立者である代表取締役杉本博治のいわゆるワンマン経営の下にあった。なお資本金は昭和三六年に二〇〇万円、昭和四二年に五〇〇万円に増額された。

(ロ) 光輝産業は、昭和四二年に神奈川県座間市に、プラスチック製品等の製造工場を新たに建設した(建設資金として振興信用組合から九五〇万円の融資を受けた)が、同工場は熟練した技術者を欠くなどが原因して、投下資本に見合う十分な生産を挙げるに至らなかった。また、同社は、昭和四三年春頃、代表取締役杉本博治の弟杉本三智夫の経営する大栄食品の債務三〇〇万円を引き受けた(右支払のため光輝産業が約束手形を振り出したもの)ばかりでなく、同年夏頃、住吉昭男がエース化成という商号で石油ポンプの製造販売をしていたのを、光輝産業の一部門として吸収した(以後右部門は同社烏山工場といわれた)が、これによってエース化成の債務(額は証拠上明確でない)も引き受けることとなり、その頃から、漸次資金繰りに苦しむようになって行った。

(ハ) 控訴人らは、光輝産業の本社のある町田市の資産家で、同社の主要取引金融機関であった振興信用組合の控訴人三沢は理事、控訴人薄井は監事であったところ、杉本博治は、光輝産業を立て直すため控訴人らに対し同社への経営参加を懇請した。控訴人らは、杉本が盲人であることに同情したのと、光輝産業の事業が町田市の産業発展のために有益であるとの考えから同社に物心両面において援助することにし、昭和四三年一一月二日、前記のとおり控訴人薄井が同社の代表取締役、控訴人三沢が取締役に就任した(なお控訴人薄井は、杉本博治と共同代表取締役になったが、実際は同社の日常業務はすべて杉本博治が行い、同控訴人は非常勤であったことはすでに認定したが、控訴人三沢も同じく非常勤であった。控訴人らは役員報酬を受けたこともなかった。)。

(ニ) そして、杉本博治が光輝産業の資本金を昭和四四年一月末までに一〇〇〇万円だけ増資するというので、その払込金として、控訴人薄井は昭和四三年一二月五〇〇万円、控訴人三沢は昭和四四年一月一〇〇万円を杉本に交付した(右増資は結局行われず、右払込金は払込後間もなくして全額光輝産業の運転資金に使用され、右払込金が同社の運転資金に使用されたことは控訴人らにおいて遅くとも昭和四四年二月末頃には知っていたと推測される。)。その他に光輝産業が倒産した同年七月末までの間に控訴人薄井は合計約一七〇〇万円、控訴人三沢は合計約一五〇〇万円を同社に貸し付けた。

(ホ) ところで、光輝産業は、昭和四三年一二月現在の支払サイド約四ケ月の額面合計で約八三三四万円の支払手形をかかえていたが、昭和四四年一月から同年四月までの同社の業績は、その間の売上高の合計が約五五九三万円(月平均で約一三九八万円)にすぎず、しかも同年五月は約六四〇万円、同年六月は約六二〇万円と売上高が半額以下に落ち込み、このような業態のため、同社の資金繰りは好転するどころかますます悪化して行った。

光輝産業の銀行取引は、主として住友銀行町田支店及び振興信用組合町田支店であったが、そこでの昭和四四年二月から六月までの当座勘定取引は月平均前者について一〇〇〇万円前後、後者について一五〇〇万円前後あるのに、各当座取引口座の残額が五万円を割ることもしばしばあり、銀行預金も歩積の制約を受け、それを運転資金に使うことはできない状態にあった。右の取引金融機関からの資金の借り入れについても、昭和四三年末現在で振興信用組合から約一九三五万円、住友銀行から約二七五万円を借り入れており、右以上に金融機関から借り入れることは期待できない状態であった。

このようなことで、光輝産業は昭和四四年一月から同年六月まで毎月赤字を出し、同月末における累積赤字は約一四七〇万円にのぼった。

(ヘ) このような資金不足を乗り切るため、光輝産業は昭和四四年一月以降毎月取締役会を開催し、被控訴人両名もほぼ毎回これに出席したが、もともと杉本が控訴人らを取締役に迎えたのは控訴人らから資金を引き出すためであったから、当初杉本は光輝産業の経営の実態をできるだけ控訴人らに知らせないようにし、同年二月一〇日の取締役会の際控訴人らに対し、役員外厳秘と記載された昭和四三年一二月三一日現在の貸借対照表を配付したが、光輝産業の正規の貸借対照表では同年の純利益が三六万二二五二円となっているのに、昭和四四年二月一〇日配付のものでは右純利益が四〇六万五〇七〇円と記載されていた。また杉本は右取締役会で、製品のアメリカへの売込の計画があり、これが極めて有望であること等を含めて、売上高の増大について事業計画を説明し、このような将来の展望のもとで控訴人らに当面の融資を求めた。しかも杉本は同年三月九日光輝産業創業一五周年記念祝賀会を二〇〇名の客を招待して開催したりした。

(ト) 光輝産業は、前述したところから明らかなように、昭和四四年一月以降は毎月六〇〇万円を超える資金不足の状態にあったが、右不足金は、(1)光輝産業と取引先との間で融通手形を交換し、右手形の割引を受ける(主に杉本自身が担当した)、(2)光輝産業が受取人を白地として約束手形を振り出し、これを住吉昭男に交付し、同人がこれを町の金融機関から割り引いてもらう、(3)控訴人らから融資を受ける(前記認定の控訴人らの光輝産業に対する貸付けは控訴人らがこの要請に応じたものである)、以上主に右三つの方法に頼った。本件手形は、一部を除き右(2)の目的で振り出されたもので、住吉は、エース化成を経営していたとき手形の割引を受けていた被控訴人らに対し、エース化成が光輝産業に対して販売した製品代金の支払のため受け取った商業手形であるといって、割引を受けたものである。

光輝産業の経理担当職員二宮晋は、昭和四四年二月一〇日の取締役会を含め同月以降開催された取締役会で、当月及び翌月の資金不足の状況を説明し、資金繰りにつき検討を求めたが、取締役会としても、同社の資金繰りと業績が前述のとおりであったため、長期的な資金計画の樹立など及びもつかず、場当り的に当月及び翌月の資金繰りに限定して前記のような方法による調達計画を立てたにすぎなかった。

(チ) ところで、控訴人らは、前記増資払込金として交付した合計六〇〇万円が運転資金に流用されていることを知り、かつ前記(ト)判示の二月一〇日の取締役会における二宮の資金事情の説明及び資金調達計画の協議がなされた昭和四四年二月中には、光輝産業の資金繰りが苦しいものであることには気付いていたものと見られるが、しかし、前述した杉本博治の将来の事業計画に対する説明と同人の事業能力を信頼し、いずれ同社の業績も好転し、資金繰りの困窮も解消されるものと軽信して、杉本の招集にかかる取締役会に出席したり前記融資をしたりしたほかは、杉本に同社の経営をすべて任せきりにし、取締役会に提出された資料以外の同社の経理に関する帳簿等の書類を閲覧検討するなど、同社の経理状況を正確に把握するための努力を一切しておらず、また、前記(ト)で述べた杉本及び住吉の資金調達方法についても昭和四四年二月一〇日以降開催の取締役会ではその都度検討されたにかかわらず、その重大性に気付かず、これを安易に見すごしてきたのである。かくて、杉本博治は、前記目録(一)の(1)ないし(7)及び同目録(二)記載の各手形を振り出し、住吉昭男をして被控訴人らから前述の手形割引を受けさせた。

(リ) 控訴人らは、同年五月一七日から同月二七日まで、ロータリークラブの世界大会に出席するため渡米したが、その間わずか一〇日間の光輝産業の資金繰りを心配して、右出発直前控訴人薄井が約四〇〇万円、控訴人三沢が約五〇〇万円を光輝産業に融資した。ところが控訴人らが帰国後間もなくして、杉本博治が光輝産業の倒産を見越して別会社の設立をはかったり、光輝産業の資産の持ち出しを企てる等の背信行為をしていることが判明し、杉本博治の弟杉本三智夫が光輝産業の手形を偽造していることもわかったので、他役員からの助言もあって、控訴人らは取締役会の議決を経て、同年六月四日頃、ようやく杉本から光輝産業の代表者印、手形帳等を取り上げ、取締役会はこれを控訴人三沢において保管し、以後同控訴人の監督のもとで手形等の振出をすることに決め、また前記二宮に対し、同社の資金繰りの現状を正確に知るため支払手形の詳細を示す資金繰表の作成を命じたが、その後においても控訴人三沢は二宮が求めるまま本件手形のうち前記目録(一)の(8)ないし(16)の手形の振出を了承して二宮に振り出させ、控訴人薄井も右振出を禁止する何らの処置も取らなかった。<中略>

以上認定したところに基づき考えるに、本件手形のうち前記目録(一)の(1)ないし(7)及び同目録(二)の各手形は、光輝産業の代表取締役杉本博治が振り出し、同目録(一)の(8)ないし(16)の各手形は、同会社の取締役会の議決により手形の振出権限を授与された控訴人三沢がその権限により二宮をして振り出させたものであるが、光輝産業の資産状態は前記認定のように非常に悪化していたのであるから、杉本博治及び控訴人三沢は、本件手形を振り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもかかわらず、杉本博治は代表取締役としての、また控訴人三沢は取締役会により手形の振出権限を授与された者としての各注意義務を著しく怠り、漫然と本件手形を振り出し、その結果本件手形は支払不能となったものである。

ところで控訴人薄井は、光輝産業の代表取締役であるところ、代表取締役は、善良な管理者の注意をもって会社のために忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたって意を用いるべき義務を負うものであるのに、控訴人薄井は著しく右義務を怠り、光輝産業の日常業務を杉本博治にほとんど任せきりにし、控訴人三沢が取締役会により手形の振出権限を授与されて以後もこれを同控訴人に任せきりにして、その間に杉本博治及び控訴人三沢が前述のとおり本件手形を振出し、その結果本件手形は支払不能となったものであるから、控訴人薄井は重大な過失によりその任務を怠ったことにより、本件手形の割引をした被控訴人らに対し損害を与えたものというほかなく、商法二六六条ノ三第一項前段により、被控訴人らに対し損害賠償義務を負わざるをえないものというべきである。

また控訴人三沢は、光輝産業の取締役であるところ、取締役は、会社に対し、取締役会に上程される事柄について監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視すべき義務を負うものであるのに、光輝産業の業務を杉本博治にほとんど任せきりにし、その間に杉本博治が前述のとおり前記目録(一)の(1)ないし(7)及び同目録(二)記載の各手形を振り出し、また前述のように自ら取締役会により手形振出権限を授与された者としての注意義務を著しく怠り、漫然と前記目録(一)の(8)ないし(16)の各手形を振り出し、その結果本件手形は支払不能となったものであるから、控訴人三沢もまた重大な過失によりその任務を怠ったことにより、本件手形の割引をした被控訴人らに対し損害を与えたものというほかなく、商法二六六条ノ三第一項前段により、被控訴人らに対し損害賠償義務を負わざるをえないものというべきである。

(安岡 内藤 堂薗)

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